鍋の季節〜2(風間家の食卓より)

鍋で思い出に残ることがある。

気難しい祖父の食事は隠居生活のリズムを整える為に、時間厳守であった。
朝ー8時、昼ー13時。
おやつを食べ続けようやく夕飯7時。

その日は母の仕事が長引いてやや遅れ気味であった。
夕飯は祖父のみ祖父の大好物、"すき焼き"。
急げば急ぐほど、要領の悪い母がどたばた支度をしていた。
子供たちは帰りがバラバラなので別メニューが常で、
たまたま、早く帰宅した私は、ちょっと羨ましく思いながら、
傍らで手伝い、ホットプレートの鍋に材料を並べていた。
そのとき突然、視界から鍋が消えた。

えっ、と思った瞬間、次に見たのはひっくり返った鍋と、
コードに足を引っかけて、失態をおかした母の表情。

私は祖父の怒りの恐ろしさを思い、どうすべきか言葉を失った。
どうしよう、どうしよう、とオロオロする母。
二階で、すき焼きを楽しみに待つ祖父。

一瞬の動揺の後、母が突然、床にぶちまけた肉や野菜を、再び鍋に並べだしたのだ。
さすがの私もその行動に驚き、
「どうするの、それ?」とおそるおそる尋ねた。
一番聞きたくない答えが母の口から発せられた。
「上の方なら大丈夫よ。」と。
半分自分に言い聞かせるように。。。
母の決意は固く思え、否定することもできなかった。

あの日、美味しそうにすき焼きをほおばる祖父の顔を一生忘れない。

今は亡き、祖父に贈る言葉『知らぬが仏』

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