December 2004 Archives

鍋で思い出に残ることがある。

気難しい祖父の食事は隠居生活のリズムを整える為に、時間厳守であった。
朝ー8時、昼ー13時。
おやつを食べ続けようやく夕飯7時。

その日は母の仕事が長引いてやや遅れ気味であった。
夕飯は祖父のみ祖父の大好物、"すき焼き"。
急げば急ぐほど、要領の悪い母がどたばた支度をしていた。
子供たちは帰りがバラバラなので別メニューが常で、
たまたま、早く帰宅した私は、ちょっと羨ましく思いながら、
傍らで手伝い、ホットプレートの鍋に材料を並べていた。
そのとき突然、視界から鍋が消えた。

えっ、と思った瞬間、次に見たのはひっくり返った鍋と、
コードに足を引っかけて、失態をおかした母の表情。

私は祖父の怒りの恐ろしさを思い、どうすべきか言葉を失った。
どうしよう、どうしよう、とオロオロする母。
二階で、すき焼きを楽しみに待つ祖父。

一瞬の動揺の後、母が突然、床にぶちまけた肉や野菜を、再び鍋に並べだしたのだ。
さすがの私もその行動に驚き、
「どうするの、それ?」とおそるおそる尋ねた。
一番聞きたくない答えが母の口から発せられた。
「上の方なら大丈夫よ。」と。
半分自分に言い聞かせるように。。。
母の決意は固く思え、否定することもできなかった。

あの日、美味しそうにすき焼きをほおばる祖父の顔を一生忘れない。

今は亡き、祖父に贈る言葉『知らぬが仏』

寒さがみに染みてくると、我が家の鍋を思い出す。
ただ、私が思い出される鍋への思いは、鍋で温まりたいとか、
幸福な家族団欒ではない。

もちろん、冬場になると一般家庭並に鍋の回数は増えるのだが。
父が大の鍋奉行なのである。
会社の出張で行った先々のご当地鍋を自宅で再現したがる。
北は北海道の石狩鍋、きりたんぽ鍋、はたはた鍋、牡蠣の土手鍋、ハリハリ鍋...
もちろん、すき焼きや水炊き、湯豆腐も含め、外での味を家庭で再現しなくてはならない。

父は得意げに母を連れ立って、玉川高島屋のショッピングセンターへ
材料の買い出しへ向かう。
帰宅後の母は父の記憶の中にしかない、御当地鍋を再現するために、
あれやこれやと調べて、材料の仕込みに追われる。

しかし、もっと大変なことがある。
兄が、大の鍋嫌いであることだ。一つの鍋をみんなでつついて食べるのが
苦手なのだ。その上、父が食事の前後、あれやこれやとかなりうるさい。
材料の切り方だの、味付けだのこれが違うとか、
これはこう!とうんちくをふまえ、旨いだろ、旨いだろと
"美味しい"という言葉を、強要するのだ。
もともと声の大きい父は、普通に話しているだけで怒鳴っているようなのに、
鍋の時のそのせわしなさといったら。

ほとんどの場合、途中で兄が切れる。父も不機嫌になる。
最終的に食事中に兄が部屋にこもってしまうことが多い。

私と母はO型故に、この二人の仲裁に入ろうと四苦八苦して、
心身共に消耗してしまう。

鍋に関して思い出されることは、父のニヤニヤした得意げな表情と、
兄の不機嫌な表情。面倒くさくて、あきれた母の顔。
そんな風に思い出される光景は、けっして穏やかではないのだが、
何故か実家での鍋が恋しくなる。

何故だろう。

きっと、その混乱の中にも、風間家なりの家族の団欒が含まれているのであろうか。

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